明日の食品産業 2021年4月

「ロボットSIer視点での食品産業におけるロボット活用」

JET株式会社 遠藤法男 

1 労働人口減少と作業改善の対応にロボットを活用すべき理由

 日本の労働人口は1995年をピークに、毎年およそ30万人減少している。近年は以前に比べて労働層の変化も著しく、女性や高齢者に対して労働の機会が増してきているが、実際には労働環境に制約があり、当たり前ではあるがいわゆる力作業には不向きである。また深夜の時間帯や温度変化の激しい労働環境の良いとは言えない現場での作業についても、欠く事の出来ない重要な作業として社会から求められている。労働人口の減少は、単に実作業の従事者が不足するだけでなく、勤勉で責任感の強い日本人従事者の割合が減少する事により、現場改善や品質向上といった生産現場力をも低下させてしまう事に繋がる。これは勿論、国全体としての解決すべき課題であり、その対応策として期待されているのが「ロボットの活用」である。特に食品産業においては生活に直結するので、不安定な景気やコロナ禍、更には労働人口の減少問題に影響されることなく、あらゆる環境下に於いても業務が行われるべきであり、正確で安定した成果の得られる「ロボットの活用」が急務で必要不可欠な産業だと言える。

2 現状のロボットシステムの特徴・可能性

 近年重要視されてきたロボットシステムの特徴としては、2D3Dカメラによる画像システムの活用・ロボットティーチングの簡略化・様々な形状のワークに対応したピッキング技術の向上にあると言える。これは長年にわたり各メーカーが様々な業界の様々なニーズに合わせて作り出してきた技術である。では実際にこれらの技術は食品産業にどのように活用されているのであろうか。食品産業の対象となるワークは不定形・不安定・繊細な包装・異なったサイズの同一商品が存在する等、ワークの取扱いには今までにないロボット技術が必要となり、SIerの殆どが経験したことの無いシステム構想を求められる。しかしながら最新の技術を使う事により、ワークの取扱いにおける不確定要素を改善し信頼性のあるシステム構築が可能となる。例えばカメラによる画像認識技術の向上は、これまで困難であったワークの検査工程の自動化を可能にした。また、様々なワークが識別出来る事により、大多数の人手で取組んでいた仕分け作業の自動化が可能になる等、食品産業にとって非常に有効である。またAI技術との融合による寸法以外の要素(形状・ラベル・色彩等)での識別範囲の拡張、適切な選択スピードの向上が見込まれている。更には日々数量や対象物が変わる日配食料品のビックデータを活用したディープラーニングにより、システム動作の最適解算出を可能とする未来がすぐそこまで来ている。これらにより食品産業の特に物流工程の自動化は一気に進むと実感している。

3 ロボットSIerの役割

 ここでロボットSIerについて説明する。企業が抱える課題の分析、システム構築、運用といった一連の流れをシステムインテグレーション(SI)と言い、これを行う企業がシステムインテグレータ、通称「SIer(エスアイアー)」と呼ばれる。SIerは「SE(システムエンジニア)」と混同されることがあるが、SIerが企業や事業者を指すことに対し、SEは個人を指す。ロボットが生産ライン等で活躍するためには、動き方のプログラムや周辺設備を整え、現場に合わせたシステムを創り上げなければならない。自社における最適なシステムを構築するためには、ロボット導入のエキスパートであるロボットSIerのサポートが必要不可欠である。ロボットSIerはロボットを使った機械システムの導入提案や設計、製作、組み立て等、ロボット導入の計画時から実際の運用、メンテナンスまで、幅広く担っており、ロボット導入の成功はロボットSIerと導入企業との適切な関係性なくしては成し得ない。また様々な関連技術の採用・最新機器の導入についてもロボットSIerによる技術的な判断の下で検討することが重要なポイントとなる。

4 ロボット自動化を阻む懸念点と、ロボットシステム導入のポイント

 食品産業はとても大きな可能性がある一方で、ロボットによる自動化が進んでいない。長年にわたりロボットが普及してきた自動車産業は、工作機械による生産が主体で、生産技術や保守メンテナンスのエンジニアを自社で多数有している。一方食品産業は職人目線で手作業を自動化してきた歴史がある。同じ大量生産の業態であっても、商品の生産工程や、商品の入れ替え作業等、属人的な運用による取り組みが多い分、ロボットの導入が進まないのである。具体的な懸念点として、以下の要素があげられる。

導入する企業側の問題点

  • ロボットを活用する為のアイデアが無い。
  • 企業内にロボットを活用できる人材がいない。
  • ロボットを導入する手段が分からない。
  • 継続的なロボットシステムを運用する体制が取れない。
  • ロボット化、自動化に伴う現場の不安要素が多重層に存在する。

SIer側の問題点

  • 食品産業メインのSIerが圧倒的に少ない。
  • 実績に基づくSIerの経験値が不足している。
  • 技術開発要素を解決できない。
  • 工場コンサルの視点からシステム全体の構想が提案できない。
  • 解決技術構想からアフターフォロー含めた一貫したサポート対応ができない。
  • コストが合わない。

 この様な双方が持つ課題が原因で、多くのSIerが食品産業に参入することに大きなリスクを感じ、ノウハウを持つSIerが増えず、自動化の実績も増えない。結果、業界全体のロボット活用が進まないという事に繋がる。ここで改めて様々な工程でロボットシステムを開発・導入してきた弊社なりの視点で食品産業へのロボットシステム導入のポイントを述べてみたいと思う。一般的にロボットシステムを導入するには次頁表のようなプロセスで行われる。

 それぞれの工程で注意しなければならないポイントが存在するが、食品産業においては導入企業側に生産技術要件を十分に把握している体制が少ないため、準備工程(引合・企画構想)が不十分な状態で案件が進んでしまうケースが多い。その為、設計工程の仕様定義(最重要な工程でシステムの善し悪しが決まると言っても過言ではない)において構想が曖昧となる。そのまま作業工程が進むと最終的には要求仕様に満たないシステムが構築されてしまい、双方に不満が残りwinwinの関係が成立せず自動化が進んでいかないという結果となる。
 この状況に陥らないように注意して取組まなければならない事として、

  • 業種業界(自動車、半導体、光学、食品、薬品、化粧品等)のルールを把握する。特に食品産業には独自のルールが存在する。使用可能な素材、材質、仕様(耐水、防塵、防爆、異物混入)があり、工場環境(高温、低温、多湿、クリーンルーム)管理手法(HACCP)等、に注意を払う必要がある。ルールの把握が不十分であると、工程のやり直しや使用できない構想案でシステムが構築されてしまう恐れがある。
  • 工程、予算、納入時期(製造、検査、仕分け、配送、補助金)等を十分配慮し、顧客担当者との綿密な擦り合わせを行う。予算と納入時期によっては当然ながら仕様が変化する。また前後工程との連結、工場環境(フットプリント、使用可能なアクチュエータ)運用人員数、によってもシステムの仕様が変わることを理解しておくことが重要な要素となる。
  • 経験、能力の観点から、契約を取り交わすかの判断をすべきである。SIer側に同様の案件の実績、経験があるか。ない場合には本案件に必要なコア技術とシステム全体のパフォーマンスを掌握し、開発要素の有無(要素技術検証)により不測の事態を想定(成しえない、時間がかかる)した判断をすべきである。勿論、SIer側としては未経験の案件に対しての取組はチャレンジすべきだし、次に繋がる事は間違いないが、要求仕様を満たすシステムを提供出来るか否かを最重要視すべきである。
  • 自動化の範囲を、現在、近未来、将来の視点から検討する。少なくとも数年後、実際には5年後以降の運用をイメージする事が望ましいといえる。
  • システム全体のパフォーマンスを把握し、仕様の追加、変更に対する対応をイメージしておく。ワークの追加、処理時間の短縮、ソフト変更等の容易に対応可能な範囲を認識しておくことが運用の効率化につながる。

 以上がロボットシステム導入時のポイントであり、これらの技術要素をもったSIerとの取り組みがシステムのスムーズな立ち上げに必要であると考える。

5 ロボットSIerに必要なスキル

 食品産業にロボットシステムを導入するにあたり、導入企業は自社の状況にあった最適なSIerを選定する必要がある。その時SIerには以下のようなスキルを有する事が基準となる。

  • 構想設計の経験が豊富である。顧客の要求を理解し、場合によっては要求仕様書(自動化の目的や内容等、本来ユーザー側が作るもの)を含めた構想が提案できる。
  • 性能とコストのバランスを考慮したメカ、電気、ソフトの開発能力がある。
  • システム実現の為の技術開発要素の掌握能力及び解決能力がある。
  • 自動化する工程の前後を含むライン全体を把握し、淀みない商品の流れを作れる。
  • 自動化後の人の運用をイメージできる。
  • ロボット制御や画像処理等の既存技術は元より次世代の要素技術情報を保有している。
6 アフターフォローの重要性

 ロボットシステムは自動化したい内容に応じた構想を立てるところから始まり、技術要素の開発、システム全体の運用手順の組立て、現場設置、現地デバッグによる稼働状況の確認等多岐にわたるが、最も重要なのがアフターフォローである。立ち上げ初期は想定されていない状況の変化や、消耗品の交換、操作性改善の為のソフトウェアの更新、ロボットのメンテナンス等、様々なアフターケアが必要となる。商品化されたパッケージシステムであればそういった事象に対するサポートは十分作り込まれているが、食品産業向けのロボットシステムは確立できていない技術を組み合わせた開発要素の高いシステムが多く、アフターフォローもSIer選定の重要なポイントである。

7 ユーザー側のロボット人材育成の重要性

 通常のオペレーションによる日々の運用やシステムの保守メンテナンス、業務改善によるシステム改造を絶え間なく行っていくことが、ロボットシステムを活用する企業の条件である。だが実際には誰がどのように担当していくのかが導入企業の懸念事項である。全てを外部企業の委託で賄うとなると、人的リソースに限りがあるSIer企業では難しく、コスト面でもユーザー側の負担は大きくなる。また全てをユーザー側のロボット人材が担う事は容易ではない。ではどうするか、結論を言ってしまえば、ユーザー側はロボット人材を育てる事が必用不可欠であり、段階的に対応範囲を広げていくことが望ましいと思われる。ロボット人材はロボットシステムの知識を向上させ、新たなロボットシステムの導入時に役立てる。システム導入時にコストを上昇させる過剰スペックの要求を未然に回避できることにも繋がるのである。ロボット人材の経験値が上がれば「不明確な困り事」や「実現が難しい自動化要求」、「導入にあたっての教育・指導コスト」等が激減し、SIerのヒアリング時間の短縮、引き出せる情報量や正確性に大きな違いが現れ、結果として短納期・低価格・早期立ち上げが可能となる。ではどのように育成すればよいのか。私が思う人材育成の最も効果的な手段の一つとして、導入する装置のデバッグ作業にユーザー側ロボット担当者を同席させ、ロボットシステムの正しい動作について一緒に検討、対応する事である。SIerと一緒にデバッグ作業をする事で機構の仕組みを理解し、装置自体の重要なポイントを認識することが出来る。この知識はシステム導入後の内容の改良や故障時の早いリカバリー等、メリットも多く、SIerとの深い連携を実現しやすくなる。また弊社においては、ユーザーの自動化課題の検討時から専門的な技術の分析をしていくことがロボット人材の知識向上につながると考え、ユーザーと技術顧問契約を結び、様々な観点から自動化における課題把握・対策の検討、ユーザー担当者との情報交換・指導教育・アドバイス等、自動化検討が間違った方向へ進まないよう支援するサービスの提供を行っている。

8 最後に

 食品産業のロボット活用について常に意識しておかなければならない事は、消費者に対して、「安全」で「素早く」、「安価」な「美味しいもの」を「届ける」という事ではないだろうか。ロボットの活用が目的ではなく、あくまで目的を達成する為の方法や手段であることを忘れてはならない。時には全自動化システムより、人のサポートと合わせた半自動化がベストシステムという事もある。我々SIerは常にユーザーの目的に合わせたベストソリューションを届ける事を意識して取り組んでいきたい。これからの食品産業において、ロボットを活用した自動化・省人化システムのさらなる普及は、労働人口の観点からも必須であり、延いては人口減少をたどる日本の生産力をサスティナブルにするための一翼となることは間違いないだろう。今後、ロボット活用を積極的に推進する食品メーカーやそれに携わるロボットSIerがさらに増え、食品産業界全体に輝ける未来が訪れることを願っている。

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